三井物産の自分史をESとしてどう表現すれば良いですか?|「ES全般」の相談
2027年3月に大学院(修士)を卒業予定
24歳 男性
相談日: 2025年12月26日
1
1人のサポーターが回答
相談・質問の内容|三井物産の自分史をESとしてどう表現すれば良いですか?
志望業界:総合商社
志望職種:
どんな観点でどんなサポートをしてほしいか:
ESの添削をしていただきたいです。
詳しい相談内容:
三井物産の自分史をチェックいただきたいです。以前見ていただいたときに精神論が強く感じられるというアドバイスをいただき、施策の方を増やして書きました。よろしくお願いいたします。
小学校以前
0歳: 福島県福島市に生まれる。
幼少期: 家族登山で一歩ずつ進んで頂に立つ達成感を知る。保育園では巻紙に数字を書き続ける遊びやぴかぴかの泥団子を作ることに熱中。「努力の積み重ねで大きな目標を達成すること」がやる気の源泉であった。
小3: 東日本大震災に被災。雪の降る校庭で親の迎えを数時間待ち続けた。寒さの中で「インフラが止まると人はここまで無力になるのか」という恐怖を感じ、これが後のエネルギー志望の原点となる。
小4~6: 陸上クラブに所属。競争心が芽生え、個人練習に没頭して県大会準決勝に進出。
中学校
2014年4月: 福島大学附属中学校に入学。
中1: 部活動の体験会で「チームで勝利する熱量」に惹かれ、未経験ながらバスケ部に入部。しかし、そこはやる気の低い部員が練習から脱走するような規律のない環境だった。衝撃を受けたが、仲間を見捨てたくないという思いから、自転車で街中を探し回り連れ戻す日々を送った。正論で人は動かないこと、組織維持には泥臭い行動が不可欠だと学んだ原体験である。また、バスケ未経験であったため周囲との実力差に直面するも、「初心者は練習すればするほど伸びる」という成長実感を楽しみに変え、休日も公園で自主練を繰り返した。
中2: スタメンを勝ち取る。個の力で勝る格上チームに対し、メンバーの役割を明確化する戦略で勝利。「多様な個性が噛み合った時の爆発力」に強烈な喜びを感じ、現在のチームビルディング観の基礎となる。
中3: 最後の大会は地区予選敗退。引退後は悔しさをバネに、学業面でも友人と順位を競い合うゲーム感覚でモチベーションを維持。文武両道を目指し、常に高い壁に挑む生活を送る。
高校
2017年4月: 福島県立福島高等学校に入学。
高1: 「一度始めたことを極めたい」と再びバスケ部に入部。国体監督の指導下、ハイレベルな環境で試合に出られない日々が続く。そんな中インターハイで見た土浦日大のキャプテンのプレーに衝撃を受け、「自分もチームを勝たせる選手になる」と明確なロールモデルを持つ。
高2: 練習の量と質の両立を追求。誰も体育館にいなくても、7時から朝練、昼食を早食いしての自主練、居残り練習と出来る限りの時間を捧げつつ、憧れの選手の動画を徹底的に分析して自分の動きと比較。「今日はこれを改善する」という日々のタスクを自律的に設定し、練習に熱中した。
高3: 成果が実り、国体選手に次いで県で3人しか選ばれない強化選手に選出される。チームとしても徹底的にコミュニケーションを取り続け、それぞれの役割を深く理解した。これによって「個の強み」を活かす戦略が上手くはまり、県ベスト4を達成。「努力は裏切らない」という信念が強固になった。
引退後、自由な校風と高い研究レベルに惹かれ京都大学を志望した。福島の高校で京大を目指す人はほとんどおらず孤独な挑戦だったが、滑り止めを受けることで心理的な逃げ道が生まれ、行動量が落ちると判断。自身の本気度を最大化するため京大一本に絞った。しかし結果は合格点に100点以上届かない惨敗で、自身の実力不足と甘さを痛感し、浪人を決意した。
浪人時代:「100点差」を覆すため予備校(駿台)に通う。先に大学へ進んだ同級生に劣等感と焦燥感を抱きながらも、それを反骨心に変えた。現役時の敗因を「努力不足」ではなく「戦略不在」と定義し、地理など得点効率の低い科目を切って数学・理科に資源を集中。京大合格に必要な学力水準から逆算し、難易度の高い教材を完璧にやり切る方針を定め、日々のタスクを設定して実行し続けた。その結果、「100点差を覆す」という困難な目標をやり抜き、翌年逆転合格を果たした。この経験から、「困難な目標も、執念があれば覆せる」という自信を深めた。
大学以降
2021年4月: 京都大学工学部理工化学科に入学。
大1: 最初はバスケサークルに入ったが、高校時代の「本気の熱狂」が忘れられず、後期に体育会バスケ部に入部。最下位かつ敗北続きのチーム状況を見て、「自分が変える」と決意する。当初は戦術担当の先輩に直談判したが、上意下達の文化に阻まれる。ここで、「高校までの『個人の正論・努力』だけでは、組織は動かない」という壁に直面する。
大2: アプローチを変更し、組織改革に着手。まずは同学年を巻き込み山でのダッシュ等で「熱量の核」を作り、その上で後輩の意見を吸い上げ、先輩に「否定」ではなく「提案」として対話を重ねる泥臭い調整を行った。
大3: 改革が実を結び、旧帝大大会で上位入賞、練習試合も勝ち越すチームへと成長。組織を動かし成果を出す手応えを感じる。
大4:研究活動の激化で練習参加が減り、最後の大会期間中にスタメンを外される。チームも連敗が続き、「積み上げた努力が報われない」最大の挫折を経験した。そんな中、Mr.Childrenの「弱さを認めた上で前に進む」という世界観に支えられ、感情に流されるのではなく、チーム全体のパフォーマンスを最大化する役割に徹することを選んだ。
試合映像を全員で共有し、得点が停滞していた場面や連携ミスを可視化。さらに後輩から個別に意見を集めて共有したことで、攻撃時の役割分担と意思疎通が改善され、連携が向上。得点機会が増え、試合を重ねるごとに得点が伸び、連敗脱出につながった。
修士課程: 震災の原体験から専攻した「亜鉛二次電池」の研究に従事。繊細な溶液調整を行い、ピンセットで慎重にセルを組み上げ、数日かけて測定を行う。しかし、得られた結果が「求めていた反応とは無関係の、意味のないデータ」であることが4回連続で続いた。数週間の労力が徒労に終わる現実に、心が折れかけた。 しかし、バスケ部で折れかけたが奮起した経験から、他の手を探すことに目を向けた。過去の論文などから適切な条件を探し、ついに仮説通りのデータが得られた時、震えるような達成感があった。
技術は、こうした泥臭い執念の先にしか宿らないと実感。このリアリティを知る人間として、将来は技術とビジネスの間にある深い溝を橋渡しし、どんなに泥臭い過程を経てでも、人々の挑戦を支えるインフラを創り上げたいと考え就職活動に臨む。
キャリエモンを使ってみよう
プロのキャリアサポーターからガクチカや自己PR添削・志望動機添削・キャリア相談全般などを無料で受け放題!

回答タイムライン(1)
三井物産の自分史をESとしてどう表現すれば良いですか?
三井物産の自分史をESとしてどう表現すれば良いですか?
- 佐野美七海回答日: 2025年12月29日ご相談ありがとうございます! とても素晴らしい自分史になっていると感じました✨ 精神論が強い内容になってしまうのは、エピソードの選び方と伝え方でカバーできる部分が大きいため、今回の内容は大きな変更を加えなくても良いと思いますよ!◎ <高校> こちらは改善の余地がある部分ですが、伝え方が抽象的で「確かにそこまでやり切ったなら素晴らしい成果につながるだろうな!」と感じてもらうことは難しい内容になってしまっています>< より当時の出来事や感情を具体で記載できると良さそうです◎ また、<大学以降>では、以下のような伝え方をすれば、「そこまでやり切り、壁を乗り越えているなら本物だな」と感じてもらえるようになると思います^^ <大学以降> 今回の研究では、当初は全く反応が得られず心が折れそうになりました。しかし、<高校時代>でバスケで折れそうになった時に他の手を探すことで壁を乗り越えた経験があったため、私は諦めずに研究を続ける決意をしました。まずは<高校時代>で行ったように、周りの先輩や同級生に声をかけて情報収集を行いました。その結果、◯◯という方向性が自分の研究テーマと重なるということがわかりました。その方向性で研究を進めた結果、△△という新たな仮説を得ることができ、その仮説をもとに研究を進めたことで、最終的に〜 このような感じで、自分の進めていた研究に他の研究者の研究や仮説を組み込むことで自分の研究を前に進めた〜というエピソードを入れると、より説得力が増すのではないかと感じました^^ あくまでも一例としてご活用くださいね! すでに素晴らしい内容なので、さほど修正は必要ないですが、他にも何かできることなどあればお気兼ねなくご相談ください📣 また、最終的な成果については「震えるような達成感があった」とのことですが、成果物として何が得られたのかがわからないため「成果として何が得られたのか」「それを聞いた採用企業はどう感じるのか」を考えて伝え方を調整していただけると良いと思います!


